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中学2年生の少女、川崎十紀は言葉を話すことができない。
医者の診断によれば器官的な疾患は無く、精神的なものなのだという。 しかし、十紀本人には、その原因も解決策も全くわからなかった。 なぜなら、十紀は4年前以前の記憶を全て失っていたからである。 けれどただ一つ。 十紀は自分の過去と、今の自分との繋がりを感じられるものがあった。 雨の日の校庭や、開いた教科書の間、廊下の片隅。あらゆる場所に十紀はいつもその存在を感じていた。 黒い闇のようなシミ。 現れては消え、十紀の周りをあざ笑うように蠢く影。 その不可解な黒い蟠りだけが、十紀にとって、この現実感のない日常生活の中の唯一つの現実だった。 そしてある日、今まで視界の片隅に蠢きつづけていたその黒い闇は、突然十紀の目の前に鮮明な姿で現れる。 下校途中の高架橋の上、夏を呼ぶ雨が降りしきる中、それは巨大な翼となって立ちはだかり、そして消えた− その日の夜、十紀は東北の小さな病院で長く病床に伏せていた兄が死んだ事を伝えられた。 兄は十紀にとってただ一人の肉親であり、十紀の過去を知っている筈の人だった。 しかし兄は十紀に何も語らず、全てを拒絶するようにして死んでいった。 夏の始まり共に、十紀は旅立つ。 兄が死んだ場所。 そして、四年前、自分の記憶が始まった場所を目指して−。 |
大正デモクラシィの到来は人々を華やかな文明へと誘い、芸術や文芸もまた多くの才能を生み出していった。
折田草一もまた、発展を続ける帝都東京の渦中で時代を謳歌していた若手文士である。 そんな彼の元に突然、郷里で幼馴染だった女性が来訪する。 それから半年後、折田は東京を離れ一人東北の地にいた。 折田の目的はただ一つ。 |
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